「おうちに帰るまでが遠足です。」
子供の頃、校長先生によく言われましたね。
That's right.
最後の最後にとんでもない事が起こりました。
成田へは飛行機を3本乗り継ぎます。
テネリフェ→マドリッド→パリ→成田 というスケジュール。
マドリッドに着き、パリ行きの飛行機に乗り換える為、チェックインしようとすると、
「エールフランスはストライキの為、予約していた飛行機は飛びません。」と。
!!!!!!
なにぃぃぃぃー!?
さらには、
「パリまでは今日中に行けますが、パリの空港で一泊して、明日の朝、成田へのチケットを取り直して下さい」と。
あ、ありえん。
明日から仕事なのに、間に合わないのか。
混乱している中、我らが親分が
「テネリフェで預けた私達のスーツケースはどこへいった?」
などといろいろ聞いてくれました。
すると、やっと(やっとです)本腰を上げて調べてくれたらしく、
「今日中に成田へ行けます。」と。
(行けるんぢゃぁぁぁーん!!)と思いつつもとりあえずは安堵のため息。
だがしかーし!それもつかの間。
「あと15分で飛行機が飛ぶから急いで下さい」と。
ぬおぉぉぉー!
走りましたよ。猛烈ダッシュです。
正直「BUSU」よりも、「noise-act」よりも疲れました。
あんなに全力疾走したのは小学生以来じゃないか?
こういう時に限って、手荷物検査に引っかかる。
お土産に買っていた大きいキャンドルが、何やらダイナマイト的な物に見えたらしく、鞄を開けろと。
こんな小粒な女子がダイナマイトなんて持ってるかぁぁーっ!
あと10分しかないのに。
焦りが怒りに変わり、乱暴に鞄をあけ、見せる。クリア。
さらに走る。
走る走る。
「Eに行って下さい」と言われていて、Eに着いたものの、Eの何番なのか解らない。
普通、飛ぶ飛行機は、電光掲示板に搭乗ゲートが表示されていて、それを見てゲートに向かう。
しかし、何度探しても乗るはずの飛行機の表示がない。
ないない。
あと5分。
インフォメーションに駆け込み、泣きそうになりながら、「何処だ?」と尋ねる。
「E−68」と言われ、E−68へダッシュ。
半泣き状態でチケットを見せると、
「Non」と一言でつき返される。
!!!
???
インフォメーションに再びダッシュ。
「何処だ?もう時間がない!」と心臓バクバクで聞くと、
しばらくの沈黙ののち、
「I don't know.」
………………
あと1分という所で、完全に見捨てられました…
しかも
「管轄外だから、知らないよ。一つ一つゲートの表示を見て回れば?」と。
数秒間あっけにとられました。
が、あっけにとられてる時間もない。
あーゆー時は焦りながらも、以外と頭の中は冷静に、アクティブになるものでした。
再び走りました。探しました。
そして…
はっ…
見えた…
「Paris-CDG」の文字。
パリ、シャルルドゴール空港行きの表示を発見!
「あったぁぁぁぁ!!!」
空港中に聞こえんばかりに叫ぶ。
間に合いました。
結局その飛行機も30分程遅れていて、何とか乗れたのです。
も、も、もうぅ、本当にぐったり。
それにしても、大人になってから、あんなにもあからさまに、人から見捨てられた事なんてないんで。
あの「I don't know.」は、ここ数年でベストといえる位、刺激的でした。
なんとかパリへ。
こんどは逆に3時間も待たされ、成田行きの飛行機へ。
12時間のフライトで、さらにぐったり。
鉛の様に重くなった体に、極めつけは、3人揃ってロストバゲージ。
荷物受け取り所で、いくら待ってもスーツケースが出てきません。
結局成田には着いていない模様。
ロストバゲージの手続きをして空港を出る。
私が持ってるのは若干の手荷物と、走りまくった筋肉痛…
やってくれるね、エールフランス。
デジカメの中に入っていた最後の写真がこれ。
パリで3時間待たされて、夜中でお店も閉まり、寒さしのぎに作った折り紙のしゅりけん。
今となっては笑えますがね。
親分がいなかったら、完全にマドリッドに取り残されていた事でしょう。
親分に心底感謝。
日本のシステムがどんなにしっかりしているか、こんな形で思い知らされました。
カナリアもテネリフェも本当に素敵な街。
でも、日本もかなりいいよ。
お刺身に心癒され、床につきます☆
時差ボケで眠れません…
(jωj)